winter and winter

冬の時代の考古学

山中すみか『なぜ』

山中すみか『なぜ』(’89年7月19日リリース)

ジャケットの山中さんは麦わら帽子を被り、ノースリーブス姿。そして、マーガレットを模したピアスをしている。夏らしい装いに身を包んでいるように、このシングルがリリースされたのは7月のこと。そして表題曲もデビュー曲とは打って変わって、明るく華やかなポップス。岸正之氏の流れるようなメロディラインが冴えている。

「なぜ」は「四月白書」同様に、片思いの歌だ。山中さんは《『四月白書』の中にでてきた女のコは、なんか影からずっと思いつづけてるってカンジだったんですけど、今回の曲の中にでてくる女のコは、好きだって気持ちを否定してみたり、嫌いだって思ってみたりするんですけど、本当は好きだったりとかする女のコなんです》と説明している(1)。

さらに《前回はずっとずっとずっと影から見つめる片思いだったんだけど、今回は普通の普通の普通の片思いなんです!!》(2)とも述べており、もしかすると「四月白書」の世界観に山中さんはあまり共感できていなかったのかもしれない。

いっぽうで「なぜ」の曲中にある“参考書に好きな人のイニシャルを書いたり消したりする”というフレーズについて《(自分なら)「こんなん書いちゃったー」って見せちゃう(笑)》(3)とも話しており、まだまだ“誰かを思うこと”自体が縁遠かったようだ。

 

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カップリングは「記念日」。曲のテーマは転校で、“さよなら”の様子が明るいメロディに乗せて歌われている。しかし、一番のサビ終わりは「一度だけ言わせて/本当は 好きでした」。軽やかで煌びやかなシンセサイザーが絡み合い、詞もメロディもアレンジも「なぜ」の延長線上にある楽曲と言える。

同曲はもともとデビュー曲の候補だったというが(4)、“爽やかなアイドルポップス”という趣であり、実際のデビュー曲「四月白書」に比べると少々インパクトが欠けているように感じる。もっというと、同じレコード会社から同時期にデビューした増田未亜さんと曲調が被っている。

ただ山中さんのパーソナリティを多分に反映した楽曲という意味では、デビュー曲にふさわしかったとも言える。まず「5月6日はふたり 話をした記念日」と歌われているが、5月6日は山中さんの誕生日。つまり山中さんが歌うことで“誕生日に好きな人と話して、さらに特別な日になった”というレイヤーを詞が持つことになる。

また「テニス・コートでいつも ゲームより笑い合った」というフレーズのように、実際山中さんはデビュー前、京都の中学校でテニス部に所属していた(5)。何より、転校というテーマはデビュー直前の’89年1月に上京したばかりだった山中さんの境遇にも重なる。

そんな山中さんのパーソナリティをうまく活かした詞を手掛けたのは有川正沙子氏と、同年9月に発売される1stアルバム「元気してますか・・・」に深く関わっているFULTA氏。また編曲は、この曲を含めデビュー以降の4曲全てを手がけている信田かずお氏。信田氏のアレンジは品があり、山中さんのイメージに相応しい。

マーガレットの花言葉は“秘めた恋”。「なぜ」も「記念日」も明るく爽やかな、しかし大人に成長していく少女の可憐な胸の内が歌われている。

<参考文献>

  1. オリコンWEEKLY』’89.07.17
  2. 『コミックコンプ』’89.09
  3. 『THE SUGAR』’89.09
  4. オリコンWEEKLY』’89.07.17
  5. 『近代映画』’89.08