winter and winter

冬の時代の考古学

増田未亜『ハートは水色』

《未亜っていう名前は本名なんですけど、未来のアジアの子っていう意味があるんです》(1)

アイドルデビューの当時、こう明かしている増田未亜さんだが、デビュー曲「ハートは水色」はどちらかというとノスタルジックな響きを湛えている。同曲以降の楽曲に比べると特に正統派アイドル然としていて、ジャケットも大きな犬に寄り添って、カメラを見つめて微笑む写真だ。

増田さん自身が《純愛ぽくてすごく女の子らしい曲》(2)と述べているように、《誰かを好きだと思う気持ちは 夕暮れの少し前の水色》という歌い出しから始まる同曲は、真っ直ぐに人を思うことがテーマ。サビで繰り返す《好きですあなた あなただけです》というフレーズが印象深い。

そんな一途な心情を増田さんは丁寧に歌い上げていく。歌の世界観から逸脱せずに、穏やかに。「ハートに優しいビスケットボイス」は、伊達じゃない。

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もともと歌手デビュー前、俳優としての経験を積むなかで、ミュージカルにも挑戦していた増田さんだが《ホントは女優になりたかったんだけど。歌うたうなんて思ってもいなくて(笑)》(3)と明かしており、歌手デビューは意外な展開だったようだ。いっぽうで父親から教わった「銀座の恋の物語」と「恋のバカンス」を十八番にしていたそうで(4)、歌うこと自体は嫌いではなかったのかもしれない。

3rdシングル『冬のウインド』をリリースした際、《“ハートは水色”なんか“なんてゆっくりなんだろう”みたいなねぇ》と増田さんが評しているように(5)、確かに「ハートは水色」はゆったりとした楽曲だ。しかし、美しいストリングスや重厚なコーラスのお陰でドラマチックさを備えている。上品な仕上がりにもなっている。

サビ終わりの《ハートは水色》のメロディがOlivia Newton-John「Have You Never Been Mellow」のサビ終わりにそっくりだと思うのだが、オマージュなのだろうか。アレンジというより、曲の雰囲気もどことなく似ているような気がする。

切ないギターから始まるカップリングの「夏の忘れもの」は、「あなた」と離れたことで恋をしていたことに気づいた少女の歌。曲の主人公は《まぶしすぎて目を逸らしたあれが恋なの》と回想する。ビスケットボイスは、メランコリックな楽曲にもよく映える。

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  1. 『近代映画』’89.06
  2. 『近代映画』’89.06
  3. 『TYO』’89.09
  4. 『ダンク』’89.10
  5. 『TYO』'89.12