winter and winter

冬の時代の考古学

増田未亜『PURE』

(’89年8月21日リリース)

山中すみかさんのファーストを紹介したら、次は増田未亜さんについて書こうと決めていた。というのも、2人には多くの共通点があるためだ。

まずレコード会社は共にコロンビアで、歌手デビューしたのは同じく’89年4月。さらに2人とも5月6日生まれで、当然ながら星座も一緒。また増田さんは小学6年生の時に京都から大阪に引っ越しているが、山中さんは3歳の時、大阪から京都に移住。つまり、共に大阪と京都で暮らした経験がある。また増田さんは’88年1月に上京し、山中さんはその翌年の1月、東京に出てきた。

年齢でいうと、増田さんのほうが3つ上となる。増田さんはアイドルデビューを果たす以前、小学6年生の頃から5年間、子役として活動し、’87年には主演ドラマ『はずめ!イエローボール』(関西テレビ)が放送されることに。増田さんは劇中でテニスに打ち込むヒロインを演じているが、実はこのドラマを観て、山中さんは京都の中学でテニス部に所属することを決めたという(1)。

共通点の多い2人だが、いわば増田さんは年齢も芸歴も山中さんの“先輩”。しかし対談した際、増田さんは《デビューは同じだし、私レベル低いから、気軽に話してくれる方がいい》と話している(2)。

増田さんの、アイドル歌手としてのキャッチフレーズは「ハートにやさしいビスケットボイス」。この“ビスケットボイス”という表現は言い得て妙だ。幼さの残る増田さんの声は細く、透き通るようなハイトーン。でも、ふんわりとした温かさがある。芯があって甘すぎず、軽やかでサクッとしている。そして1stアルバム『PURE』では、そんな増田さんのビスケットボイスを存分に堪能することができる。

一曲目は「ふ・わ・ふ・わ」。《マシュマロみたいな 白い雲》という歌いだしに続き、グレープジュースにテーブル、揺れてるカーテンといったカタカナ言葉が爽やかな音色とともに流れていく。明るい光のなかを泳ぐ雲のように、増田さんの声は柔らかく、サビ終わりの「ふわふわ」というフレーズが心地よく耳をくすぐる。

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2曲目の「九月の水彩画」はハーモニカが効果的に使われた、軽やかなAORとも表現できるような楽曲。シンセサイザーで入るイントロから素晴らしく、雲ひとつない空の下、船に揺られているようなゆったりした曲調にうっとりしてしまう。ハーモニカのソロでフェードアウトしていく演出も見事だ。“あなたがいたこと”を歌う少し悲しい歌だが、《忘れない》と歌う増田さんの声が思い出を味わうように聞こえる。歌を決して重くしない歌声、これもまた一つの才能だ。

3曲目はタイトル曲である「ピュア」で、こちらはアイドルポップスらしい華やかな楽曲。跳ねるようなピアノから入り、増田さんも《ピュアピュア》と軽やかに口ずさむ。サビの「いーつでも」「あーなたと」の、アイドルらしい歌い方もまた魅力的。

4曲目「一日遅れのバースデー」は爽やかなバラードとなっている。キラキラしたシンセサイザーからゆったりと始まるこの曲は、喧嘩した恋人の誕生日を一日遅れでお祝いするというストーリー。増田さんはこの曲について、感情移入するがあまり《歌っている途中で急に涙が止まらなくなっちゃって…》と明かしており(3)、特に思い入れのある曲と言えそうだ。

重厚感のあるドラムにコーラス、そしてロマンチックなサックスが歌を彩る様子はさながらAORのバラードナンバー。何より、主役である増田さんの優しい声が心地よく、スッと耳に沁みていく。

そうして耳を傾けていると、チェンバロの音がメロディを慌ただしく奏でる。そして力強い「ダン、ダダン!」というリズムとともに、5曲目の「私は元気です」が始まる。アルバムのちょうど中間地点にあるこの曲は、アルバムの中で一番アップテンポなアレンジが施されている。いっぽう時折、チェンバロとチェロの二重奏が効果的に挿入され、“静”の部分を伝えている。

リズムが早いと、不思議と増田さんの歌声がいっそう幼く聴こえる。2番のサビ、2回目の《私は元気です》の「私は?」とまるで疑問符を打つように歌う様子が愛らしい。

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アルバム中、唯一はっきりとしたリズムをもっている「私は元気です」。この異色なナンバーを挟んで、後半に折り返していくが、前半と同じく再び穏やかで淡い世界に引き戻されていく。

「グッドモーニング……」というコーラスから始まるのは、6曲目の「ポニーテールにした朝は」。この曲は「ピュア」のようにアイドルポップスらしく、軽快で可愛らしい楽曲だ。特に《弾む足どり見ててね》はそのまま弾むように歌っている。こういうことをサラッとできてしまうのは、歌手としての魅力の一つ。時折、増田さんが微笑みながら歌っているように聞こえるのも、またいい。

7曲目「言わないで」は恋人との別れを予感している気持ちを歌った楽曲。イントロや間奏での、シンセとストリングスが複雑に絡み合う様子は主人公の心情を描いているようだ。歌い出しで増田さんは呟くように歌い、ビスケットボイスの新たな一面を知ったような嬉しい気持ちになる。何より《帰りは必ず送ってくれる》と夢を見るように(思い出すように)歌うのは“うまい”。歌い手としての表現力が冴えているのは、やはり女優ゆえだろうか。

8曲目の「潮風に振りむいて」はアルバム屈指の切ないナンバーだ。《あの頃の私たち Dream Dream Dream もういないの》と増田さんは切なく歌う。でも重くなりすぎない。例えば誰かを責めたり、激しい後悔に苛まれたりしているようには聞こえない。こういう歌い方は、簡単なように見えてとても難しい。こんな“増田節”を聴いていると、やはり歌手として稀有な才能を持った人だと思う。サックスとシンセサイザーが静かにふわりと終わるアレンジも秀逸だ。

続く9曲目の「風を見てるの」は一転して、朗らかなカントリー調の楽曲。この曲は幼馴染の「あなた」を思う、少女の恋の歌で、サビの「風は西からふいーてくるの〜」「何も知らないあなーた〜だから〜」のサラサラと流れるような響き、そしてサビ終わりの「夕暮れの風だっけ、見つーめてーるの〜」の切なさを含ませながらの晴れやかさは白眉。改めて情景描写が上手い歌声だと思う。

余談だが「風を見てるの」はもともと「風を見てたの」というタイトルだったようだ。また「潮風に振りむいて」は「潮風に振り向いて」、「九月の水彩画」は「九日の水彩画」、「私は元気です」は「元気?」と名付けられていた模様。改変前のタイトルを見る限り、それぞれの曲は歌の内容が大幅に変わったのかもしれない(4)。

そして、最後はロッカバラードの「瞳を閉じて」。この曲を増田さんは特に気に入っていたようで、「(『PURE』の中で一番気に入っている曲は)んー、いちばん最後に入ってる『瞳をとじて』かな。バラードっぽくて、ちょっと大人っぽい曲なんですよ」(原文ママ・5)「特にオススメなのは、一番最後の“瞳を閉じて”っていう曲。スローなバラードっぽい感じで気に入ってるんです」(6)と明かしている。

幼さの残る増田さんの声が重厚なコーラスと絡まり合う様子に、安らかな気持ちになる。難曲ゆえに少し棒読みのように聞こえてしまうところもあるが、そこも愛らしい。アレンジが素晴らしく、特に大サビへと向かうまでの間奏の盛り上がりからのブレイク。そこに「クローズ・マイ・アイズ」と歌う増田さんの柔らかな歌声が続き、サビ終わりの「会いたい」でカタルシスを迎える。

アウトロでは笛のようなシンセサイザーのソロが奏でられ、それがフェードアウトしていく様も美しい。夜に一途に「あなた」を思うような響きを持つこの歌の後、明るい日差しを連想させる一曲目の「ふ・わ・ふ・わ」に戻るのも、また一興だ。

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増田未亜『PURE』は新曲で構成されており、デビュー曲の「ハートは水色」や2ndシングル「夏の瞳DOKI・DOKI」は収められていない。シングル曲がなぜ収録されていないのかは定かではないが、ただ『PURE』の派手さを極力抑えた、それでいて爽やかな世界観は稀有だ。

アートワークは夏らしい仕上がりになっている。ジャケットは白地で、タイトル文字は真っ赤。増田さんは髪を左右お団子にし、赤と緑のボーダー柄の半袖を着たハーフパンツ姿。胡座をかいて微笑んでおり、ボーイッシュな印象だ。内ジャケにも衣装違いだが、麦わら帽子を被るなど夏仕様の増田さんの写真が使用されており、ここでも爽やかで軽やかなイメージが打ち出されている。

曲ごとに激しい起伏があるわけではなく、決して派手な作品ではない。水彩画のような、淡い世界観を表現している。ゆったりとしていて、人によっては物足りなさを覚えるかもしれない。

また増田さんの幼い声も相まって、好ましい評価をしない人もいるだろう。例えば『ミュージックマガジン』’89年10月号で真保みゆき氏は、10点中5点という決して高くはない点数をつけた上で《タイトル通り奥手でメルヘンな楽曲が並ぶ中、それでもこの人の場合無防備ゆえの妙な色気、漂ったりするから油断がならない》《支持する人のタイプが目に浮かびます》と評している。

しかし、『PURE』だからこそ、じっくりと増田さんのビスケットボイスを堪能することができる。作品を聴いていると、夏の白昼、日陰でゆっくりと時間が流れていくのを楽しむような趣がある。

『PURE』では竜真知子氏が全曲の作詞を手がけており、“いろんな増田未亜”というよりも“増田未亜のいろんな姿”が詞になっている。また林有三氏と山本健二氏のアレンジも軽やかさをうまく表現し、両者は『PURE』を歌謡曲ではなくJ-POPに仕上げている。

特に大半のアレンジを手掛けた林氏は、角松敏生と縁のあるアレンジャーであり、そのためか楽曲はAOR的な響きを持っている。サックスやストリングスなどが効果的に使われていて、シンセサイザーと静かに、時に複雑に絡まる。その様子を聞いていると、丁寧に練られたアレンジだと思う。シティポップ・ブームに沸く今、リスナーが増えることを願ってやまない。

増田さんは地声を「蚊の泣くような声」と表現していたというが(7)、その歌声は類まれなビスケットボイス。その優しい歌声は爽やかな世界観と調和し、色褪せない夏の思い出をそっと教えてくれる。

<参考文献>

  1. 『近代映画』’90.02
  2. 『近代映画』’90.02
  3. 『ダンク』’89.11
  4. 『TYO』’89.09
  5. 『ザ・シュガー』’89.10
  6. 『TYO』’89.10
  7. 『ザ・シュガー』’89.10